アリのひとりごと

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潮岬病院

昨年、コカリナの黒坂さんと一緒に新宮に来た時に、精神科の院長東さんから今回のお誘いを受けた。精神を患った人たちが入院している潮岬病院での院内コンサート。
別棟にはPA機材も揃っていて、毎年大阪から有山じゅんじ君や元憂歌団の木村君たちが来ているとのこと。院長は楽器収集がすごく、サックスも演奏される。他の先生方もドラム、ベース、キーボード、ギターなどみんな上手。白衣を着ての演奏だ。そうこうしているうちに患者さんが入場した。家族の人も入れて百人ほどでひしめき合っていた。僕は持参したカラオケとギターで演奏したがみんな一生懸命聴いてくれるし、反応も手ごたえがあった。音楽はいい。不思議なことに気が付いたが、それは客席を観ていて誰が患者さんか解らないのだ。コンサートが終了してから院内を案内してもらった。さっきまで聴いてくれていた患者さんが挨拶をしてくれる。軽い病の人は一階で上階に行くと重度の患者さんがいて、そこは下の階には行けないよう扉に鍵が掛けられていた。 30代くらいのふつうの女性が廊下に居たが、目はどこも見ていず、しきりに指でなにか数字らしきものを数えていたのが痛ましかった。それぞれいろんな要因で病気になるが、おかれた不幸な環境からここへ来る人が多いと、院長先生が教えてくれた。僕の隣人で自殺してしまった西岡恭蔵君はうつ病に苦しんでいた。もっと早くこの病院を知っていたらと今思う。病院の眼下には彼が好きだった太平洋がまぶしく光輝いていた。

投稿日 : 2004年06月15日 19:32 個別ページ表示

串本へ移動

香住町には歯科医の西村先生が住んでいる。西村さんはその昔、東京世田谷の砧で歯科医院を開業していて、ラストショウはバンド全員歯でお世話になっていた。その後ご両親の為に故郷香住にて歯科医を営まれている。そして大のカントリー好きで、今年スティールギター奏者尾崎 孝プロデュースで本格的なCDを作ってしまった人。今回の香住でのライブは予定に無かったが、西村さんの熱い要請で実現した。会場は汐の香りがする小さなスナックで、地元の人たちで熱気むんむん。アットホームな雰囲気の中演奏をさせてもらったが、疲れの自覚が無い中でオレンジプロッサムをやった時、ブレスがツイて行かなくなっていた。 こういうときKey Aのハーモニカはやたら重く感じられる。その後、宿に戻り温泉に漬かった。明くる日もいいお天気。旅館の2階から観る港町の景色はまるで小津安二郎の映画に出てくる景色と同じ。お昼は西村さん自慢のカニ工場の事務所にて、シーズン最後の紅ズワイガニの食べ放題。宮崎バンドのみんなも黙々と食べていた。ここから僕は一人旅がはじまる。これから和歌山県串本まで7時間の鉄道移動だ。

投稿日 : 2004年06月14日 19:30 個別ページ表示

八鹿町但馬長寿の郷 音楽堂そして香住町へ

早朝ホテルに西海、有田の両君を残して新大阪から兵庫県の八鹿町へ向かった。宝塚、三田など経てだんだんと田園風景に変わってくる。そして、お天気も日本晴れだ。八鹿駅に着くと実行委員会の人が僕らを出迎えてくれた。山あいをさらにクルマで10分ほど行ったところに但馬長寿の郷があった。信じられない位天気がいいので山の稜線や緑が美しい。茅葺きの大きな民家が控えになっていて、すぐ横に教会風だが2本家屋の音楽堂がこじんまりと建っている。今日で四日目、そして終わったら香住町に移動もある。しかし、以外と元気な自分。 そして、今日は宮崎勝之ユニットと一緒のコンサートだ。マンドリンの宮崎君とギターの古橋一晃君、紅一点ダブルベースの廣田昌世さんがメンバー。すでにバック・イン・タウンで一緒しているので心強い。ここにも遠くからお客さんが来てくれている。それからハーモニカのダッチャマンこと足立君が駆け付けてくれた。彼は日本に数少ない10ホールジャズ奏者で、厚木で行われたアジアハーモニカコンテストで銀賞受賞した人でもある。その時僕が審査をしていていいプレイヤーだと気になっていた。もちろん彼のホームページにもよく参加していたので今回一緒にジャムろうと誘ったのだ。足立君は隣町の人でこの辺ではよく知られているようだった。コンサートでは「タカシマヤ」を手伝ってもらった。僕とはまた違ったスタイルでフレージングがおもしろい。東京の連中に見せたいなと思った。

投稿日 : 2004年06月13日 19:28 個別ページ表示

夙川「フォートワース」

JRに乗って西宮まで、そこからタクシーで夙川の「フォートワース」に向かったが、このタクシーの運転手が最悪だった。トランクに楽器と荷物を積んでいるとクルマが傷むとかの言い出した。構わず綺麗に積んで「フォートワース」に向かった。お店はカントリー&ウェスタンのライブを日頃やっていて、ここの店主はボーカルの上手さではぼくは日本で一番上手いカントリー歌手と思っている福原さんだ。奥様は僕が神戸のポートジュビリーに居た頃の先輩バンド「タイニースパロウズ」のマリさんの妹さんという繋がり。だからお店のお客もPJのメンバーが多かった。そして、遠くからもいっぱいお客さんが駆け付けてくれた。開場したら満杯になってしまった。一番前のカウンターには元赤い鳥の後藤悦治郎さんも来てくれていた。ぼくはなんとオリジナル赤い鳥のメンバーでこのあたりでよくコンサートをやっていたのだ。そこには金延幸子、中川イサト、山本純子等が出入りしていた。 桂米朝一門、三枝、元タカラジェンヌでもある大村昆さんの奥さんのシャンソンなど多彩なコンサートを企画していた。
「フォートワース」でのライブははじめてだったが、お客さんのノリがすごかった。
とくに「くつが一足あったなら」のシングアウトは気持ちよかった。ぼくらもすっかりのせられて僕にとっては今までで一番エキサイトした夜となった。終了後、後藤さんに誘われ寿司屋へ。メンバー、スタッフすっかりごちそうになった。後藤さんとこんなに久しぶりに話できたのは何十年ぶりだろう。再会を約束してその夜は新大阪へ立った。

投稿日 : 2004年06月12日 19:22 個別ページ表示

大阪「アナザードリーム」

お昼前に起きたら小雨がぱらついていた。三条のホテルのチェックアウトを済ませたら古い友人のチー子ちゃんが僕らをクルマで迎えに来てくれた。これから嵐山に最近オープンしたばかりの彼女のレストランへ案内してくれるのだ。太秦をぬけて広隆寺と渡月橋の間にその店はあつた。高校時代のデートコースでよくこの辺りへ来たのが懐かしい。お昼をごちそうになり、いつかここのお店でライブをやろうねと約束して、阪急電車で大阪へ向かった。千日前にある「アナザードリーム」は店主であった林さんがハーモニカが好きでいつか僕のライブをと数年前お声を掛けて下さった。やっと一年目ライブを終えたあと、急病で他界された。今は奥様が意志を継ぎ、僕たちミュージシャンの面倒を良くみてくださる。この千日前をまっすぐ南に10分も歩けば僕の実家がある。まさに目をつぶっていても家に辿り着ける。なので、ここのライブには親戚一同がやってくるので年輩の人が目立つ。大阪らしい独特のノリのなかで
今回のライブはしっとりと1部をはじめた。この大阪から有田君が加わる。岸本君が居ないが、サウンドはよりいっそうシャープになるのを見越してこのふたりにお願いした。一番前に見たことのある女性陣が陣取っているので1部終了後よく見たら小学校の同級生だった。うれしかった。僕らは6年間クラス替えもなく来たんだから。僕の音楽のルーツを養ってくれたクラスだった。チンペイとロックキャンディーズやっていた頃の仲間もいっぱい来てくれていた。終了後の打ち上げは前管理人のじみや、てんこさん夫妻、BOMの秋元君らと合流。たのしく二日前を終えた。

投稿日 : 2004年06月11日 19:21 個別ページ表示

京都「ディランII」

いよいよ今年も関西ツァーがはじまった。昨年は立ち上げが遅かったのと、宣伝不足の為か京都と神戸の入りがしんどかった。今年は経費の問題もあってFiddleの岸本一遥君に休んでもらった。京都のPicK Oneの宮崎千秋さんに今年もブッキングをお願いした。「ディランII」ははじめてのお店だ。鴨川に近い木屋町にその店はあった。店内に入ると壁に懐かしいディランIIの写真が飾ってあった。隣人でもあった故西岡恭蔵君が僕に「ようこそアリちゃん」と語りかけて来るようだ。細長くて狭い店内の一番奥がステージになっていて今夜のサポートは西海君だけ。お客さんの入りは30名と当初の予定だったが、開場したらなんと60名になっていて、通路に座る人もでてきた。熱い密度のなかでいつものように演奏が始まったが、目の前に知っている方も大勢いたし、話し声までよく聴こえてくるほどの至近距離のライブ。このお店の常連さんは若い人が多い。だからいつもとはちょっと違ったノリもあった。終了後ユーミンの「コバルトアワー」から「雨のステーション」を掛けてくれた。この曲でハーモニカを吹いているのだ。70年代後期だと思う。まだユーミンが荒井由美だったころ。いいアレンジでいい録音だなあと西海君がしきりに感心していた。お客さんの中には「大西ユカリと新世界」のメンバーも来てくれていた。PAをいつもお世話になっている徳さんが駆け付けてオペレーションやってもらった。店を出て打ち上げに徳さんおすすめの沖縄料理店へ。安くて旨かった。

投稿日 : 2004年06月10日 19:17 個別ページ表示

24th F.I.H Harminica Contest

昨日、モリダイラ楽器主催の24th F.I.H Harminica Contestが今年も吉祥寺「STARPINES CAFE」にて行われた。今年も超満員で250人を越えていて、通路を移動するのにも人をかきわけなければならないほどだった。客席は圧倒的に若い人で占められていたが、今年は年齢層が広くなったような気がして嬉しかった。タイトなタイムスケジュールのなか、1時からコンテスト出場者のリハーサルがはじまり、2時半からゲストのリハーサルもはじまった。バックのサポートは山崎よしきバンドのみなさん。そうこうするうちに4時開場。もう人は外まで溢れている。5時になるとコンテストがはじまった。2回天井付近にある熱風拷問席といわれる審査員席に着席。審査員は八木のぶお、続 力、西村ヒロ、石川二三夫君たちと僕の5名、出場者は11名。前半はオリジナル曲やジャズのスタンダードなどが続いたが、アドリブパートに入ると未消化の部分が気になったし、テクニカルな曲に技術が付いていなかった。中盤からブルーズ曲が続いたがこれがみんな良かった。途中で審査員のなかから難しくなってきたなと声もでていた。同感。結局上位三位がブルーズ勢で占められた。本当に年々レベルが上がっていると思う。僕はいつもリズムと音色を基準に審査するようにしている。審査協議の間に6時半からセッションタイムがはじまった。これもこのブルーズライブ名物になっていてエントリーすれば誰でも演奏できる飛び入りステージである。ここもやんちゃな若いハーピストがこれでもかこれでもかと自己アピールしていて面白かった。そして、コンテスト結果発表のあと恒例のゲストタイムのショウが始まったが、すでに予定から一時間半は押していたので、途中で1曲カットの指令がでた。僕は一番最後の出番だったが正直疲れてしまった。トータル5時間はやはり長過ぎる。これは舞台進行のミスのであとでクレームを入れておくつもり。しかし、このライブ内容の充実感はあったと思うし、今年は妹尾君が戻って来たこと、アンサンブルの奏者の若い人の参加などこれからのハーモニカ界に明るい希望が見えて来たのも収穫だ。近いうちにコンテストを省いた分のライブにハーモニカの新しい世代のためのライブ企画を提案しようと思っている。 11時に店をでた。そのご妹尾君、ヒロ君、続君、ブラインドレモンブラザースらと一緒に別の店でまた盛り上がってハープ吹いた。

投稿日 : 2004年06月06日 19:27 個別ページ表示

いろいろあった

このあいだ、八木君と遭遇した神谷町SoundCity StudioのBスタジオでCMの録音があった。今回はクロマチックを持参してくれと言われた。得意じゃないよといいつつ受けてしまった。というのはこのところクロマチックにはまっているのだ。先のSexy Pantherのシングルでも後半クロマチックを吹いている。どうしても、クロマチックハーモニカでないと表現できないことがある。今回のCMは譜面に「TOYOTA TEANA」とタイトルがしてあったが、TEANAってNISSANじゃないの?ま、どっちでもいいけど。
キーはDだった。スタジオに着くとまだ前のフルートの人の録りが続いていた。だいぶ注文が細かいらしいよと関係者が言っていた。僕はパート譜を貰い予習をしてみたが確かに譜面にはスタッカートなどの指示が細かく記されていた。そうこうしているうちフルートバージョン、ギターバージョンなどが録られていたようだ。各演奏者がスタジオからでてくる顔を見ていると、参ったという雰囲気。ぼくが一番最後の奏者だ。ま、なんとかなるさと開き直って、全体の雰囲気とリズムに注意した。目の前には、ノイマンの名機#67がぶら下がっている。こいつ、めちゃくちゃ高い真空管のマイクロフォンだ。ええ音。ハーモニカをやさしく包んでくれる、音がうねるようにモニターヘッドフォンから聴こえてくる。幸せな気分ですんなりOKテイクが録れた。今回の録音がサンプルとなってクライアントがどの楽器でいくか選ぶそうだ。
しかし、アレンジャーいわく「トゥーツ風のフェイクでお願いします」には参った。
僕にはそんな余裕ありません・・てなんか言うもんか。フレイズはトゥーツそのものだったからこの人ほんとに好きなんだ。わかるわかる。

投稿日 : 2004年06月04日 19:16 個別ページ表示

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