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きのう南青山曼陀羅のすぐそばにあるというライブハウス「月見ル君想フ」に行った。渋滞にハマってしまいえらい遅刻。場所がまた見つけにくかった。出来てまだ三か月しか経たないというこのお店で今日はひさしぶりにアーリーのライブをやる。あわてて着いたらもう5分しかリハができないらしい。悪い事してしまった。1曲だけチェックしてあとは楽屋で口リハーサルで確認。今日はマーガレットズロースという変わった名前のバンドとのジョイント。25、6才の若いバンドだった。渡辺 勝君が以前面倒見たらしく、メンバーから師匠と呼ばれていて可笑しかった。アーリーの持ち時間は45分。アーリーは昔からメンバーひとりひとりがそれぞれ自分の持ち歌があってそれを唄った。本番になると、いつものことだが打ち合わせどおりには演奏できない。しかし、不思議にまとまってしまうのがアーリーのおもろいところ。楽器も曲が始まってから持ち替えたり、気が向いたらコーラスやってたり、間奏抜いてしまったり・・・と適当だ。僕はこの日、久しぶりに「キングコング」を唄った。「ラストショウ」でのキングコングはダイナミックに演奏されるが、アーリーではひょうひょうとして力の抜けたスカのリズム。マーガレットズロースのメンバーがとてもこの曲にぞっこんで、終わってからどうやってこのうたを書いたのかと質問を受けた。吉祥寺のアーリーハウスに居たとき、テレビで映画「キングコング」をやっていてその時の印象で一気にこの曲ができたということをお話した。キングコングは白黒のオリジナル版が一番。こどものころ両親に連れられて観たときの印象と、吉祥寺の家で観た印象が重なり歌が出来たんだと思う。摩天楼の窓明かりと、キングコングの悲しい目が一緒に重なって見えたのが強烈に憶えていたが、後になって映画を観てみるとそんなシーンは見当たらなかった。おそらく自分の想像のなかでイメージが膨らんでいきそう信じていたのかな。とにかくこの夜も楽しいステージができて良かった。ほろ酔い気分の村上ロホホラとひさしぶりに帰りのドライブをした。昔は日産キャブオールトラックで一緒に入間までよく帰ったな。今はオレンジのトゥインゴに変わった。アーリーはいつまでも変わらないバンド。
教室のレッスンの途中、生徒さんから僕のクルマが無いことを告げられた。 とうとうやってしまった。ついこのあいだスピード違反やったばかりなので点数が気になる。 八丈島にはカメラを2台持って行った。2台それぞれにリバーサルフィルムを入れ、気合いも入れたくさん撮影してきた。 なぜなら、最近スライド映写機を手に入れたからだ。むかしこれで観た映像が忘れられなかったから。 ところがフィルムを現像に出し受け取りに行ったら36枚取りの方が未撮影とのこと。がっくり。それも昼間いいショットを撮れたと思っていたほうのフィルムだった。原因は初心者がよくやる装填ミス。しかしその夜、残りのフィルムを襖に投影したらちゃんと写っていて少し満足。世の中、デジタル時代なのに逆行している自分。でも、パソコンのモニターよりもはるかにその映写機の光は柔らかく、美しい。MD,mp3もDATに比べたら便利だけど音が満足できない。 このごろ家電は安く便利になったけど本質的なことがお座なりになっていると感じる。
面倒くさいけど髭そりはお湯で刃物で剃った方が深剃りできるし、カミソリ負けもない。それに清潔。2枚刃も3枚刃は大して変わり無し。電気シェーバーは必ず壊れる。デジカメもWebでは便利だが、写りはなんだかのっぺらぼうで平面的に感じ、僕には味気なく感じる。ランニングコストは掛かるがアナログが自分に合っている。人手がかかり人件費が掛かり物価が高くなるけど、今失ったものを考えると果たしてこの便利って良かったのかなと思う。一二年しかもたない新製品、壊れても修理費が高いので買い換えせざるを得ない。自転車はあちこちに盗難車が乗り捨てられ、放置されあふれている。 駅員も少なくなり自動化され、お年寄りはみんな券売機や自動検札機の前で右往左往している。検札鋏をカチカチ鳴らしているほうが駅員さん威厳があってかっこう良い。こどもがそれを観てきっと自分もと希望を持つ。仕事も増える。音楽も人件費が一番かかる。最新のProTools僕も欲しいが、独りで何役もやるはめになってストレスが増える。低予算の見返りはこわい。
この年末、仕事も無く途方に暮れている才能豊かな名人たちもいる。
なんでもアナログというほど頑固ではないが、使い方、考え方をしっかり持たないと、とんでもない時代に振り回されると思う。
僕が30年愛用しているあのクラシックギターは1966年製。そろそろ寿命かなと、先日恵比寿ガーデンプレイスの楽屋で高田 渡氏にその話をしたら、家にいいギターがあるから見においでよと言われ、後日三鷹にある例の15アンペアの高田邸を訪れた。最近、畳が沈んできたので床の補強をしたばかりという6帖の奥から、渡氏は茶色の小さなギターケースを持ってきた。70年代にスペインで買い求めたというそのギターは小振りで可愛らしい、頭でっかちな、まるで渡ちゃんそのままという風袋だった。音色、音量もこじんまりとしている。調整すればもっと良くなるようだ。いっぺんで気に入ってしまったので、値段を尋ねたら「あげるよ」と気前のいい返事が返って来た。ずっと使っていなかったし、楽器は使わないと駄目だからねと。で、有り難く戴くことにした。代わりにアイルランド製のパイプをプレゼントすることにした。しばらくお茶を戴いていると、押し入れから「アリちゃん、いいもの見せてあげる」といって1台の5弦バンジョーを見せてくれた。そのバンジョーはひっそりとした控えめな光を放っていた。趣味の良いインレイが指板に入れられ、金具には手の込んだ装飾が彫られている。「これ、誰のだと思う?・・・・省悟のだよ」。一瞬何も言えなかったがなるほど、なるほど、なるほどな・・・・。らしいバンジョーやな。なんだか懐かしい気分でその後もゆったりとお茶の時間が流れていた。