アリのひとりごと

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今日はお天気が良いので、名栗の里までドライブに行った。まだこちらは桜が見事に咲いている。山は新緑に満ちやわらかい色彩に包まれていた。渡氏が、かつて飼っていたサラという犬を連れ、奥さんとともにうちに遊びに来てくれたことを思い出す。その日は一泊してもらったのだが、朝の早い高田さん、僕らが起きて来る時間になると、もうご近所の老人とお友達になっていて、なにやら木っ端を貰って来ていた。「松田氏、これで何か作ったら、表札にでもしたら?」とノタマウのだ。その数年後にサラは死んでしまい、その時ずいぶんと落ち込んでいた。いつも会うと「フクちゃん元気?ここのうちの犬フクちゃんて言うんだよ、かわいいね」ってステージでも紹介してくれる。
名栗から帰宅し、今こうして想い出を書いている。今日は1日渡のCD片っ端から聴いている。涙が溢れて、溢れて、泣いてばかりだ。でも、すぐに関西ツァーが始まる。桜をいっぱい観て来た今日、山の新緑にまた新たな命の息吹きを感じた。

写真はキンチョーのTVCM収録時、控え室で化粧中の高田さん。かわいいね。

投稿日 : 2005年04月19日 20:32 個別ページ表示

私の青空

渡からもう電話掛かってこない。「まつだこういちさんですか。また吹いてもらいたいのですが。ギャラは安いです(笑)」。もうあいつの隣でハーモニカが吹けない。僕の12小節はさっきから同じフレーズをから廻り。
あまりに見事な生きざまだった。すばらしい人生を全うした。みんなを幸せな気持ちにしてくれた。パウロ高田なんて洒落たクリスチャンネームで天国へ旅立ったね。最後の最後まで渡氏らしかった。君に会えて本当に良かった。僕が苦しいときも、いつも声を懸けてくれたね。うれしかった。どんな有名シンガーとやるよりも、君の横でハーモニカ吹くことが、どんなに誇り高いことだったか。ひっそりと、ささやかに生きる人々の心の奥襞に、君のうたはやさしく届くのだ。
でも、でも、もう電話しても君の声は帰ってこないのだ。僕の耳もとで酒臭い息の内緒話が聴けないなんて・・・・・・

お疲れさまでした。
君が望んでいた、もう「唄わなくてすむのがいちばんなのよ」。
ゆっくり眠ってね。

ありがとう

投稿日 : 2005年04月18日 20:31 個別ページ表示

Big Gray

この間の日曜日に、 ハイドパーク・ミュージック・フェスティバル 実行委員会の事務所がオープンした。ハイドパーク・ミュージック・フェスティバルとは、埼玉県狭山、入間にまたがる旧ジョンソン基地周辺にあった米軍ハウスに、70年代始めからここに住みはじめたミュージシャンを中心にしたコンサートです。詳しくはホームページを見て下さい。http://www1.bbweb-arena.com/hydepark/index.html
そのなかには、細野さん、忠さん、麻田浩さん、故西岡恭蔵くん等他にもかつてここに暮らしたアーティストが一杯います。僕はここに定住していますが。実行委員会はここの住民の人たちが中心で、麻田さんが会長です。海外からもあっと驚くアーティストが参加予定です。まだ、言えませんが、そろそろその概要が発表間近です。で、事務所をなんとかハウスでと探しましたが、もう物件が少なく断念していたところ、奇跡的に自動車屋さんの蔵を借りれる事に。この蔵、なんと三階建てで築120年!広い広い!三階はワンフロアーなので、ライブもできる。むかし子供だった大人は小躍りして、隠れがが出来たと大喜びです。コンサートなんとか成功させたいと思っています。

投稿日 : 2005年04月12日 20:29 個別ページ表示

あの時も、桜を観に近所の公園にいた。訃報は辛かった。
今日は西岡恭蔵、ゾウさんの七回忌だ。その前日は愛妻クロちゃんの命日でもある。
ゾウさんが自分で死を選んだ前日、その日はクロちゃんの命日でもある。2年前に癌で亡くなっている。
僕が吉祥寺から入間に引っ越してまもなくして、西岡夫婦が引っ越して来た。それ以来、家族ぐるみの親しい間柄だった。70年代からの楽しい思い出はめぐる。高価だった1001ソングブックをよく彼の家に借りに行った。彼のうたづくりがはじまると、家に「アリちゃんおる?」と尋ねて来て、僕のLPコレクションの中から何枚か持って行く。何か月後にできた新曲を聴かしてもらうと、なるほどフムフムと、その創作過程がよくわかり、ああゾウさんらしいと納得することもあった。ギターと軽妙なお喋りのケニ井上君と僕、そしてゾウさんとでハーフムーンというバンドで、よく湘南地域で演奏したのも懐かしい。根っからのお人好し、素朴な人柄、そしてデリケートな神経の持ち主だった。普段のゾウさんを知っているから、外で聞くゾウさんとの違いに少し違和感を感じはじめたころから、彼の躁鬱病はもう始まっていたのだ。知らない内に壮絶な状況が繰り返されていた。そんななかでのクロちゃんの死は、信じられないほどの痛手だったと思う。近所の仲間たちで、なんとか立ち直ってもらおうと、あれこれ協力しあってゾウさんの家によく行った。
訃報を聞きすぐ家に駆け付けた。その時の状況は今でも思い出したくない、喋りたくない。ただ、ひとつだけ強烈に僕の目に焼き付いているものがある。それはぎゅっとにぎられた両手の拳だ。拳は必死で何かに訴えているようだった。「あほんだら、あほんだら」という言葉しか無かった。
以来何年と言うもの、彼の死を許す事ができなかった。
裏切られたような空虚な気持ち、どうして彼の気持ちをもっと解ってあげなかったのか、そんなことを思いながら過ごして来た。しかしこのところ、昔の楽しかった思い出ばかりが目に浮かぶようになってきた。気持ちも楽になった。
ゾウさんはやっと僕を許してくれたのかな。
合掌

投稿日 : 2005年04月04日 20:28 個別ページ表示

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