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あの時も、桜を観に近所の公園にいた。訃報は辛かった。
今日は西岡恭蔵、ゾウさんの七回忌だ。その前日は愛妻クロちゃんの命日でもある。
ゾウさんが自分で死を選んだ前日、その日はクロちゃんの命日でもある。2年前に癌で亡くなっている。
僕が吉祥寺から入間に引っ越してまもなくして、西岡夫婦が引っ越して来た。それ以来、家族ぐるみの親しい間柄だった。70年代からの楽しい思い出はめぐる。高価だった1001ソングブックをよく彼の家に借りに行った。彼のうたづくりがはじまると、家に「アリちゃんおる?」と尋ねて来て、僕のLPコレクションの中から何枚か持って行く。何か月後にできた新曲を聴かしてもらうと、なるほどフムフムと、その創作過程がよくわかり、ああゾウさんらしいと納得することもあった。ギターと軽妙なお喋りのケニ井上君と僕、そしてゾウさんとでハーフムーンというバンドで、よく湘南地域で演奏したのも懐かしい。根っからのお人好し、素朴な人柄、そしてデリケートな神経の持ち主だった。普段のゾウさんを知っているから、外で聞くゾウさんとの違いに少し違和感を感じはじめたころから、彼の躁鬱病はもう始まっていたのだ。知らない内に壮絶な状況が繰り返されていた。そんななかでのクロちゃんの死は、信じられないほどの痛手だったと思う。近所の仲間たちで、なんとか立ち直ってもらおうと、あれこれ協力しあってゾウさんの家によく行った。
訃報を聞きすぐ家に駆け付けた。その時の状況は今でも思い出したくない、喋りたくない。ただ、ひとつだけ強烈に僕の目に焼き付いているものがある。それはぎゅっとにぎられた両手の拳だ。拳は必死で何かに訴えているようだった。「あほんだら、あほんだら」という言葉しか無かった。
以来何年と言うもの、彼の死を許す事ができなかった。
裏切られたような空虚な気持ち、どうして彼の気持ちをもっと解ってあげなかったのか、そんなことを思いながら過ごして来た。しかしこのところ、昔の楽しかった思い出ばかりが目に浮かぶようになってきた。気持ちも楽になった。
ゾウさんはやっと僕を許してくれたのかな。
合掌