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1972年の第二回春一番コンサートではじめて人前で自分の作ったうたを歌った。「かわいいあの娘に」と、今井裕のピアノをフィーチャーしたブギーウギの2曲。ひょっとしてもう一曲あったような・・・・。今井君はその後東京に行き「サディスティックミカバンド」で活躍する。その時の春一番コンサートは録音され10枚組のLPを出演者とスタッフにだけ配られた。(今月CDになって発売された) あれから34年が経ち今回の春一番に僕は自分名義で出演したが、前と違うのはハーモニカ奏者としてであった。プロデューサーの福岡風太は「かわいいあの娘に」を歌うように注文していたが、僕はハーモニカ奏者としての現在の自分で参加した。初日の4日は「中川イサトと武蔵野レビュー」の括りの中に僕のステージがあった。これは当日知った。出番の時間も前日知った。出演者もフォーク系の人たちが多い。演奏終了後、よしだよしこさんが僕のところに来て「春一らしくない感じやったね」と。そう、そのとおり。春一らしい演奏ってあんのんか。
僕らは前日入りしていた。サウンドチェックが出来るということで夕方大阪に着き、会場に向かったがサウンドチェックは六時半で終了していた。風太に一応抗議する。西海君が小坂忠さんから飲みに来ないかと誘われたので僕も合流。そんなことがいろいろ。当日は当然同窓会みたい、そして親戚も来ていたしあちこち動き回る。終了後、打ち上げでミナミへ荷物を持って繰り出す。実家に泊まる予定が母の都合で断られる。ホテルがなかなかとれずに困っていたが、ピックワンの千秋ちゃんがリザーブ成功。いつもいつも千秋ちゃん感謝。翌日は実家に行く。母は増々耳が遠くなり小さくなっていた。その後埼玉に帰宅。荷を解いている最中にぎっくりがまたやってきた。あの重い荷物を持ってキタからミナミ行ったり来たりしていたからな。