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今日は一の橋にある「つづきスタジオ」にて、滝川タッキーさんの日生劇場舞台用の録音に参加。
劇の最後に歌われる曲だそうで、そのエンディングのほんと最後の部分の僅か5小節を吹いた。若い作曲家のひとは初めての方だったが、お疲れのようでちょい暗かった。
でも、あっという間に終わってしまった。案の定ギャラはねぎられた。続いてその足で、四谷の「サウンドバレー・スタジオ」に向かう。ムーンライダースのギタリスト白井良明君アレンジである。
そして、ヨージヤマモトの録音なんかでご一緒したエンジニアの田中一郎さん。生楽器の録音はこの人。曲はなんと斉藤哲夫くんの代表曲でもある「悩み多き者よ」。70年頃、中川イサト、今や拓郎などの売れっ子プロデューサー瀬尾一三等と一緒に、大阪のURCレコードの事務所で聴き、みんなで感動した歌だ。それから、もつとビックリしたのがその歌を唄うのが、あの和田アキ子である。なんという縁でしょう。僕が高校のころ、よくさぼって遊んでいたミナミの「富士」というキャバレーで、
和田アキ子とは知り合いだったのだ。僕はまだミュージシャンなんか考えもしなかったころ。彼女はもうその頃から和製女プレスリーとか言われ、よくジャズ喫茶で唄っていた。ぼくはその後、フォークソングの影響を受け、谷村新司のロックキャンディーズというアマチュアグループにベーシストとして参加、そして毎日放送の「ヤングオーオー」に出たときに、丁度デビューしたばかりの和田アキ子に再会。それから今日まで縁はなかった。 ご本人は今日の録音には来なかったので、残念ながら会えなかったが、マネージャー氏にはよろしくと伝言を頼んだ。憶えていてくれているかな。
もう40年も前のことやからな。