アリのひとりごと

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高田渡生誕会

生誕会が無事終わり今日はぐったりしている。疲れた。昼間から風呂に入ったりして休んだがなかなか疲れはとれない。昨日は11時入りでリハーサル、本番までかなり時間はあるのだが、いとうたかお君(ペケ)、蓮君、イサト氏、南こうせつ氏とサポートがあったので待ち時間の調節が上手く出来なかったからか。いとう君も蓮君も出番前はソデで緊張していた。そりゃそうだ、ペケは一曲しか唄わないからそうとうの集中力がいる。ソデで僕に「演歌の人ってテレビなんかで一曲しか唄わないよね、すごいな」と。ほんとまじめなひとである。蓮君は渡の遺児である。プレッシャーはある。楽屋では仕事の悩みなんか話していた。今やっている自分の音楽をそのままやってしまうと今日のお客さんにはちょっとね、と。ペケもソデで見ていて「ウーン?」と。でも、渡のファンや吉祥寺のフォークシーンでは受けないかもしれないけど、それでも良いのではないか。好きなようにやりたいことやってみた方が良いとおじさんは思う。僕はこの日、昨年亡くなった若林純夫君の持ち歌であった「サンフランシスコ湾ブルース」を唄わせてもらった。この曲は武蔵野たんぽぽ団で彼が唄っていたもの。雑学博士でモノにもこだわりFOXの傘なんか所有していた洒落ものである。僕が大阪から吉祥寺のアーリーハウスに引っ越して間もない頃、たんぽぽ団がもめていて若林君が僕らのうちに来てはよく愚痴をこぼしていたのを憶えている。その後、解散し彼はソロで唄っていたがフォークブームも去り時代の流れは変わっていく。その後、僕は若林君が渋谷のPARCOの鞄屋さんの店員さんをやっていることを知り会いに行ったことがあるがそれから音信は途絶えた。山口県に移ったらしいとは最近になってから知った。で、体調も悪く生活も大変らしいのも。渡氏やシバ君も山口で会っていたらしく、晩年にはもう一度歌いたいと意欲的だったらしい。今頃ふたりでああだこうだとやかましく議論しながらウディ・ガスリーを唄っているかも知れない。


ari 投稿日 : 2007年01月29日 18:45

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