アリのひとりごと

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僕のラストショウ

アーリーを辞め入間に越してからは実にのんびりした日々だった。狭山の細野さんがHOSONO HOUSEを発表した後だったが、まさにあの雰囲気。何しろ仕事もなく暇だった。お金はないが時間はたっぷり、そしてゆったりと過ぎていた。独身であったので何とか暮らせていた。米軍ハウスの家賃は2万くらい。近所にはイラストレーター、木工家、絵描き、まだ売れていなかった内田ギター製作家、そしてミュージシャンも沢山住んでいて、毎日どこかのハウスでパーティーやってた。ハウスの壁のペンキ塗りは皆で助け合っていた。70年代初頭の良き時代だった。

そのうち中川イサト氏から泉谷しげるのサポートやらんかで三人でツァーをやるように。電話なんか無かったから電報で仕事依頼が来る。その頃の僕はエレキベース中心でたまにハーモニカを。そうこうしているうちにイサト氏が大阪に帰る事に。そこで代わりに村上律が加入。泉谷氏は当時ボブ・ディランにハマっていて、ザ・バンドみたいなバンドを組みたいと持ちかけてきた。後日談だが泉谷は「はっぴいえんど」に憧れていたんだそうだ。それから、同じベーシストで狭山に住んでいた「はちみつぱい」の和田博己君のところによく遊びに来ていたギターの徳武弘文がいたので誘った。そしてドラムはこれ又狭山住人の尾口たけし君が加わる。松田、村上、徳武、尾口の四人編成のラストショウが始った。

泉谷も僕も映画好きなのでバンド名はその頃封切られていたピーター・ボグダノビッチの映画「ラストショウ」に即決定。泉谷のツァーは何と2バンドで廻っていた。イエローというロックバンドとラストショウであった。こうして全国を嵐のように駆け巡った。何年やったか忘れたがバンドとして独立しようという機運が高まり泉谷氏から離れる。メンバー内に技量の差が生まれ、ドラムの尾口君の代わりに吉川忠英氏のバンドから島村英二を引き抜く。尾口君には辛い宣告であった。今でも心が痛い。シマの引き抜きは今でも吉川忠英氏は根に持ってるらしいホンマかいな。

こうしてバンドが出来上がりコロンビアからデビューも果たすが、そろそろ所帯持ちも増え、仕事もしなければということで、バックの仕事もこなすようになる。中村雅俊のアルバムも全面的にやったが本人は来ないし、本人オリジナル曲だというテープをもらいアレンジしろと言われ、訊いてみるとこれが鼻歌みたいなメロディーだけ。これで作詞作曲かい。これに徳が苦労してコードを付けアレンジしていた。でもこういう経験が後々役に立っているのだが。そんな録音が一ヶ月続き、バンド用楽器車の日産のポンコツキャブオールで東京のスタジオと入間を朝出発、深夜戻りの生活で僕はとうとう結石で入院してしまったりしたな。

ドラムのシマはスタジオミュージシャンとして多忙な毎日を送るようになる。ギターの徳もいろんなセッションをやるようになる。僕は南佳孝のデビューアルバムのリハに矢野誠氏に呼ばれる。そこにはドラムの松本たかしがいた。そこで僕はうまくベースが弾けなかった。結局その録音にはベーシストとして当時新鋭だつた小原礼が参加しているのを知る。そのプレイをみて僕はベーシストとしての自信がすっかり失せてしまう。ラストショウのベースに河合徹三が加入する。タイミングが少し前後しているが・・五人編成になった。僕らはコロンビアのスタジオセブンでほんとうによく練習した。あの凝りに凝ったユニークなアレンジは殆ど徳がやっていた。当時ライブハウスも少なくお客も少なかった。バンド活動だけでは喰ってはいけなかった。それでもいっぱしに突っ張っていたし、尖っていた。理想も高かった。僕は入間のスローな生活が好きだった。仕事の欲もそんなに無かった。バンドもゆっくりやりたいように出来れば良いと思っていた。ラストショウはサポートバンドとしては一級のバンドであった。色んなところから引き合いが来ていた。でも、僕はそれが受け入れなかった。その後バンドは解散をする。

今思えば泉谷しげるのバックバンドではじまったことがこのバンドが未だ持っている性なのかもしれない。現在もサポートミュージシャンとしてそれぞれが素晴らしい働きをしている。解散後、80年代に入って再結成をするが活動は散発的である。その後、僕はハーモニカプレイヤーとしてソロ活動をはじめ今に至る。
メンバーもそれぞれソロ活動を始めている。そして年も老いの域に差し掛かった。オット自分だけか?僕らはこの年になってもまだ何かを求めて集まっている。僕と村上律はアーリーとラストショウを二股かけて演奏している。まったく性格の異なるふたつのバンドに僕らは居る。同じ歌を2つのバンドで違うアレンジで唄っている。シンドイよ。ホンマ。やめたらええやん。アーリーの結成からラストショウまでの理想を未だ追い続けているんやな。アーリーはもう完結していると思う。ラストショウは・・・ワゴンに乗って、どこへ行こうとしているのだろう・・・・・・・。


ari 投稿日 : 2008年04月01日 03:41

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