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母が1月5日に96才で永眠した。
親族だけでお通夜、告別式を終え昨日大阪から戻って来た。
母は3年ほど寝たり起きたりしていたが、ここ一年衰弱が激しかった。
大阪で仕事が多いのでその都度実家に行き母に会っていた。 帰る時はいつもこれが
最後になるかもと覚悟はしていたが、いざこうして亡くなると未だ実感が湧かない。
しかし、帰りの新幹線の中でなんとも言えぬ、心の中にぽっかりと穴があいたような寂しさを感じてしまった。
父も母ももうこの世にいない。
葬儀の遺影はかねてから母が言っていたように50代の写真が飾ってあった。
その写真の前に立った時「だいじょうぶか」「しっかりしいや」と言うやさしい声が聴こえてくるようだった。
60才を越えた息子は、母の割烹着に顔を埋め、あの柔らかな温もりを未だ憶えている。
大正、昭和、平成の激動の世を六人の子どもたちを育ててくれた。
実はもう一人僕の上に幸子という姉がいたが、戦後の食糧難の中、生後間もなくして栄養失調で亡くなっている。
母がずっと申し訳なく話していたのを思い出す。
奇しくも5日が幸子の命日であった。
お母ちゃん、ごくろうさん。 ゆっくり休んで下さい。
天国にはお父ちゃんと姉がいます。 一緒に好きな民謡歌うて踊ってくださいね。
末っ子の甘えん坊はまだ甘えたかったのに・・・・
ありがとう
合掌