昔は西ドイツ製ホーナーって言ってたな

 




子どもの頃兄弟の部屋にハーモニカが何本か置いてあった。それは東京の大学生となった長男の物。僕は小学二年からハーモニカを吹き始め学校でハーモニカオーケストラをやっていた。長男のハーモニカはクロマチックハーモニカとパイプ型のシングルハーモニカ、他にもいくつか変わったハーモニカもあった。吹きたくて吹きたくてしようがないのでこっそり吹いていた。案の定夏休みに兄が戻った時バレてしまいえらい怒られた。後になってそんな話を兄としていたら彼はリチャード・ヘイマンとラリー・アドラーが好きでハーモニカに興味を持っていたらしい。実家は大阪日本橋四丁目。その近く堺筋沿いにナカイ楽器の本店があった。ここは輸入楽器も扱っていてショウウインドーには見たこともない舶来のハーモニカがいっぱい並んでいた。学校帰りに寄っては眺める毎日。そのうち社長が「これはな西ドイツホーナーのハーモニカやで。ええやろ」「吹いてもええで」と言われびっくり。紙のケースはまるで西洋のお菓子が入っていてもおかしくないくらい綺麗な箱だった。蓋をあけると茶色の蝋紙に包まれたハーモニカが、そしてそっと蝋紙をめくると銀色に輝くハーモニカが現れる。そのご毎日のようにナカイ楽器に通うので社長はとうとう僕に値段を下げてくれたり、おまけで他のハーモニカをもらったりよく面倒を見てもらった。その時まさか自分がハーモニカで飯を食うなんて思いもしなかったよね。当たり前。

写真はホーナーの看板で鉄板でホーローびきのように塗装されている。60年代頃までホーナーの宣材は美しいものが多かった。

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